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日々の破片

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著作一覧

2018-12-09

_ ピアソラ 永遠のリベルタンゴ

野口さんがお勧めしていたので観に行った。

少なくともヨーヨーマのCD買って持っているくらいにはピアソラは好きな作曲家だ。

ヨーヨー・マ プレイズ・ピアソラ(ヨーヨー・マ)

でも、1曲目がタイトルにもなっているリベルタンゴだとは知らなかった(ていうか全部同じ曲に聞こえていた。映画観てどこで区別するかわかった気はするが)。

映画は、息子の思い出話と娘によるインタビューテープ(伝記執筆のために録ったもの)、放送テープ(だと思う)、家族8mmのモンタージュで、おそらく作家のダニエル・ローゼンフェルドは、ヴィムヴェンダースに影響を受けていなければ嘘だ。悪くない。

最初に息子が語る。父親が心臓病で危うくなったときに、作曲に専念したらどうか? と聞いた。すると父はこういった。おれは演奏が好きだ。やめてたまるか。趣味の釣りはどうだ? どちらも同じだ。釣りもバンドネオンも背筋と腕の力だ。バンドネオンは10Kgある。だからどちらもやるんだ。

鮫を釣ることから、原題は、the year of the sharkで、もしかすると作家はthe year of the horseのことも少しは考えたのかも知れない。

父は右脚が細く左脚が太く、それを指摘するとパンチの嵐が待っていた。

そんな子供を持つと親は大変だ。2人目をあきらめた。1歳になると7回手術をし、6歳のときにニューヨークへ移住した。

その間にモンタージュが入る。1960年代初頭に、タンゴの破壊者と呼ばれたことについてのインタビュー。

ニューヨークへの移住は1920年代だろう。

父親(ここでの目線はアストルピアソルになるので最初に出てきた男にとっては祖父となる)はマフィアに頼んで床屋をやる。店の裏には賭場がある。母親は風呂で密造酒を作り、荷台に乗せてカバーをかけてその上におれが腰かける。楽しそうな家族の遠出に見せかけて警察をやり過ごす。

そうやって稼いだ金で父親がユダヤ街で買ったバンドネオンを渡す。毎晩演奏させる、週に2回先生のところに行く。他にボクシングのジムにも通う。殴られる前に殴れ、と教わり、それを人生訓とする。後のほうでは隣の家のピアニストにピアノを習い、それが後後まで影響となる。

太平洋戦争か欧州戦争かの前くらいにアルゼンチンへ戻る。

なんか、20世紀の歴史そのものだ。

朝から晩までバンドネオンの練習をする。

タンゴバンドの演奏会を毎週欠かさず観に行く。ある日、演奏が終わると自分を売り込みに行き13人目のメンバーとなり、さらによりメジャーバンドに移りブエノスアイレスに出る。父親は喜び、母親は泣く。

新しい音を求める。ダンスのためのタンゴに興味が失っていく。

五重奏団を結成し、弦に不協和音を求める。ヒッチコックの鳥みたいだ。が、この音楽は好きだ。

1950年代になるとロックアンドロールとロッカビリーが出てきてタンゴにとって代わられる。

ピアソル家はそういうものだが、ニューヨークへ移住する。息子をジュリアード音楽院に入れようとするが金がない。プエルトリコへツアーへ行っているときに父親が死ぬ(だったかな?)。

そこで傑作をものする。借金してアルゼンチンへ戻る。

作曲コンクールで上位に入り、フランスへの(おそらく給付金ありの)音楽留学生となり、そこで作曲を学ぶ。先生にピアソルとはなんだ? と聞かれバンドネオンに戻る。

アルゼンチンに戻りタンゴの破壊者として君臨するが、守旧派に拒まれてしまう。ヨーロッパへ渡りイタリアを根拠地とするのが1970年代。息子も呼び寄せて電子楽器8重奏楽団を結成する。

1970年代後半に潮目が変わってアルゼンチンへ戻り五重奏団になる。息子と音楽性の違いで決裂する。

アルゼンチンは軍政が布かれ、娘は自由の闘士となりメキシコへ亡命する。

1980年代は和解の時代だ。以前拒んだ娘の伝記執筆への協力に応えてテープを残す。息子とも和解する。でも鮫釣りには1960年代初頭に1度行ったきりだ。

バンドネオンという楽器は不思議だ。律が決まっているのか(鍵盤楽器である以上律を外すのは不可能なのだろう)どうあってもおれにはタンゴに聞こえる。本人はリズムだけはタンゴだが他は違うと語っているのだが。

真剣に音楽のことばかりやっている人間固有の美しいドラマがある。

映画としても良いものだった。

映画の後にジュンク堂へ行き、バラード短編集の3巻と折りたため北京を購入。

折りたたみ北京 現代中国SFアンソロジー (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ 5036)(郝 景芳/ケン リュウ/牧野 千穂/中原 尚哉/大谷 真弓/鳴庭 真人/古沢 嘉通)

表紙の色をわざわざ黒に染めているので岩波新書のアナキズムを買おうかと思ったが、ぱらぱら眺め、おれの知識に特に付け加えるものもなさそうなうえに、文体がアナキストならではのべらんめえで(どうして、この主義の連中はこうなんだろう? 伝統なんだが、石川三四郎みたいな書き方だってあるんだからもっと落ち着いた文体のほうが良いと思うんだがなぁ。まして竹中-平岡の時代じゃないんだから)うんざりしてやめる。昭和中期まではアナキスムの対象は正統左翼からはルンプロとして捨てられている連中だから親しみやすい文体としてありだとは思うが、21世紀になってこれはあり得ないだろう(まるで伊藤野枝のやつみたいだと思ったら同じ著者だった。もうこの方法論で進むつもりなんだろうが、作り過ぎていてどうも違うんだよなぁ。これがブレディみかこだともう少し普通なんだが)。

アナキズム――一丸となってバラバラに生きろ (岩波新書)(栗原 康)

さらに松濤美術館へ行って廃墟展を見る。

あ、これ知っていると思ったらユベールロベールで、そもそもおれは廃墟美術が好きなのだ。

ジョヴァンニ・バッティスタ・ピラネージがまとまってあって実に楽しいのだが、それよりも3点驚異があった。

・明治初年: それまでまったく廃墟芸術というものに感心を持つことが無かった日本人(と書いた瞬間に、まて餓鬼草子や餓鬼草子の荒廃した都や羅生門(芥川の元ネタ)は廃墟芸術ではないか?)に、廃墟のデッサンの模写を教えたお雇いイタリア美術教師のおそらく影響でイタリアへ留学して廃墟を書いた画家たち

・1930年代を中心とした廃墟画: 暖色系で描かれた抽象的な廃墟

・21世紀の画家: 松濤美術館だからだろうが、元田久治、野又穣の渋谷の未来画群、大岩オスカールという作家の動物園(切り取られたトンネルの向こうの光も好きだが、動物園が特に良い。それにしても自分の記憶の信濃町高架下の風景に重なるせいで(本当は北千住らしいが、画は観たものの風景でもあるのだからおれにとっては信濃町だ)衝撃度が高い)。

行って良かった。


2018-12-08

_ BICまつりでM5 Lite

そろそろ車を買い替えるわけだが、カーナビが問題だ。

一番良いのは多少高くても時間も見てくれも一番効率が良い、納入時にメーカーオプションなりディーラーオプションなりでインテグレートしてあることだ。

が、ディーラーの営業の人に聞いてみたら、やはりハンドブレーキを入れていないと動かないというごみくずな上にいろいろ進化しているために、以前のように1本線を切ってアースすれば済むというレベルでもないようだ。

誰がそんな役立たずを買うか。

というわけで、いろいろ調べるとiPhoneとモニター付きオーディオシステム(カーナビではないので呼称も変わるが、リアカメラ画像を見たりするのでいずれにしてもインテグレートされたモニターは必須なので買うことになる)をつないでアプリでiPhone用のカーナビを使えるというカタログに書いてあるのを見つける。iPhoneが10万円で、モニター付きオーディオシステムが6万くらい、足せば16万円で、一方カーナビが(最初から付けるのであれば)安くても16万くらいなので、そもそもどこのどいつがこんな無意味なカーナビ(なるほど、確かにカーアクセサリーだな装飾にしかならない)を買うのか? と驚く。そりゃパイオニアも死ぬだろう。

問題はSIMフリーのiPhoneとか買う気にはなれない(おれはアンドロイド一択だからメインがiPhoneになることは無い)ことで、どちらにしても助手席の妻か子供が操作することになるのだから、SIMフリーなタブレットのほうがいいじゃんと考え付いた。

なんといっても今、Kindleマンガ用のNexus9がとんでもなく遅くなっているから(というか、使っているうちにどんどん遅くなるって、Nexus7もそうだったが、AndroidってWindowsよりも輪をかけてゴミなOSだよなぁ。Windows 98とかWindows NT4みたいだ。いったいいつの時代のOSなんだ?)、そろそろタブレットの新しいのも欲しいところだ。

ついでにPayPay祭りもやっているわけだし。1/40で全額ポイントバックもありえるし、外れても20%ポイントバックでOKだ。

というわけで、ビックカメラに行って、話題沸騰のファーウェイじゃなくてホァーウェイのSIMフリーなやつを購入。

Huawei 10.1インチ MediaPad M5 lite 10 SIMフリータブレット ※LTEモデル RAM3GB/ROM32GB 7500mAh【日本正規代理店品】M5LITE10/LTE/A

_ ハックス!

M5 LiteにKindleをインストールして何をロードするかライブラリを眺めていたら、買ったまま完全塩漬けになっていたハックス!を発見。

そういえば(どえらくおもしろい映像研に手を出すな!と同じく)女子高生のアニメ研ものだったな、と読んで見ることにした。

絵柄は良いし、話のテンポも展開もうまいのだが、なんか気持ち悪い感じもする。どうもこの作者は、アリスと蔵六もそうだが、言語表現がうまくできないことによるコミュニケーション不全に強いこだわりがあるみたいだ。

そういえば、ぼくらのよあけ(これは文句ない傑作)もコミュニケーション不全もテーマになっていたが、それ以上の子供の団地をめぐる冒険という側面が強いからあまり気にならなかった。

ところがハックス!は、アニメ研の部長、部外者の先輩、同じく新人の小僧君(副主人公なので何考えているかは明確に表現する)、映画研の気持ち悪い人、中学から一緒に来ている読書人(副主人公なので何考えているかは徹底的に書き込まれている)と、コミュニケーション不全なステロタイプがわらわら出て来るので、話は楽しく愉快なアニメ制作マンガなのに、グロテスクな陰気さがある。

が、おもしろいはこれまた抜群におもしろいんだなぁ。というわけであっというまに読了。妙な作家だ。

さすがに新しいマシンだけあって、ページめくりだろうがなんだろうが一切の遅延なく読み返しも楽勝、良いものを買った。

ハックス!(今井哲也)


2018-12-02

_ 進化的アーキテクチャ(続)

読んでいて気になった点については書いたので、本書について書く。

本書は書名の通り、進化的アーキテクチャについて書いたもので、アーキテクチャの対象はエンタープライズ(少なくとも複数のサービスから構成される規模)、書籍の分類としてはアーキテクチャパターン(だと思うが、本書ではアーキテクチャスタイルという表現をしていて、実のところこの2つの言葉の差異をおれは具体的にはわからない)についての本となる。アーキテクチャそのものを構成するデザインパターンについての本ではない(それはすでにエンタープライズアーキテクチャーがあり、まだ現役だ)。

したがって、最上位のソフトウェア設計のネタ本である。

問題意識は、今やエンタープライズレベルのソフトウェアはとんでもなく複雑化していて数10年前からのレガシーなものから最近の流行のものまでが混在していて、オンプレミスとクラウドが平然とシステムに混在していて、各種言語で書きまくられていて、当然運用も複雑、でも企業にとってソフトウェアの重要性は高まるばかりだから、これらをどうにかうまく結合して運用してビジネスに合わせて変化させ続けなければならない。どうやって? ――だ。

そこで筆者たちは「進化的アーキテクチャ」を提案(おそらく机上の空論だけではなく、実際に多少は実装もしたうえで)する。

1章「ソフトウェアアーキテクチャ」ではコンウェイの法則(組織が設計を生み出す)に対して逆コンウェイの法則(設計が組織を変える)を置くことで、ビジネスの変化は組織も変えるので、それをしっかり支える設計が必要であり、つまりは進化的でなければならないということを説明する。

2章「適応度関数」(1章と全然粒度が異なることに注目。これは本書を読みにくくさせている1つの原因だ)で、進化的とか言い出すと恣意的で野放図な設計になりかねないから、常にどうあるべきかを計測可能なように設計して検証しながら進めなければならないと釘を差す。

3章「漸進的な変更を支える技術」。最初の山場。「進化」とは何かをある程度具体性を持ったマイグレーションとして示す。ここは最初の山場。

4章「アーキテクチャ上の結合」。現在主流のアーキテクチャスタイルを示し、それらはどのように進化すべきかを説明する。おもしろい。

5章「進化的データ」。勉強になりまくる。

ソフトウェアだけ考えるのは宇宙飛行士に任せて、データのことをちゃんと考えなければだめだと、データベース設計を使って(それ以外にもデータは当然あるから)示す。ここは本当に重要。

6章「進化可能なアーキテクチャの構成」。なんと、3~5章は、進化的アーキテクチャの構成要素に過ぎないということを宣言してから、それらを結合させて全体像を示す。わかりにくいぞ。だが、本章自体はパターンランゲージで記述しているように読める。内容は明白で、これも参考になりまくる。なお6.4はぐさぐさする棘の塊のようでちょっと読むのが辛かった。

7章「進化的アーキテクチャの落とし穴とアンチパターン」。まず、落とし穴とアンチパターンは異なるという説明がある。これはおもしろい。落とし穴は歩いて通れるように見えるので進むと落ちる罠だ。常に避けなければならない。対するアンチパターンは「この場合には良いパターン。でも、これについては不適合」なので、適用対象の見極めであり選択の技量に属する。この章は本当におもしろい。

7.1.4は、クリーンアーキテクチャに続いて、むやみなDRYの否定となっている。すごく同意する。

8章「進化的アーキテクチャの実践」という勇ましい題。だが、実践という言葉から普通に想像される具体性を持つ内容ではなく、まず経営者視点に立って(つまりはエンタープライズ全体を俯瞰して)設計するために知るべき組織の諸要素と利用可能なリソースについて説明したものと、パターンランゲージによる組織を動かしつつアーキテクチャを進化させる方法を解説したものから構成される。ただ、この章もこれまた参考になる。

以上で、本体は終わり、参考文献がくる。本書がどういう領域で何に着目しているかが明らかとなり、選択それ自体がおもしろいことと、自分のためにも参考文献をアマゾンで示す(アフィ乞食なのでここから買ってくれるとすごく嬉しいが、そっちは主眼ではない)。

The DevOps ハンドブック 理論・原則・実践のすべて(ジーン・キム/ジェズ・ハンブル/パトリック・ボア/ジョン・ウィリス/榊原 彰/長尾 高弘)

世界はシステムで動く ―― いま起きていることの本質をつかむ考え方(ドネラ・H・メドウズ/Donella H. Meadows/小田理一郎/枝廣淳子)

ソフトウェアシステムアーキテクチャ構築の原理 第2版(ニック・ロザンスキ/オウェン・ウッズ/牧野 祐子/榊原 彰)

リーンエンタープライズ ―イノベーションを実現する創発的な組織づくり (THE LEAN SERIES)(ジェズ・ハンブル/ジョアンヌ・モレスキー/バリー・オライリー/角 征典/エリック・リース/笹井 崇司)

エリック・エヴァンスのドメイン駆動設計 (IT Architects’Archive ソフトウェア開発の実践)(エリック・エヴァンス/今関 剛/和智 右桂/牧野 祐子)

マイクロサービスアーキテクチャ(Sam Newman/佐藤 直生/木下 哲也)

Release It! 本番用ソフトウェア製品の設計とデプロイのために(Michael T. Nygard/でびあんぐる)

データベース・リファクタリング(スコット W アンブラー/ピラモド・サダラージ/梅澤 真史/越智 典子/小黒 直樹)

人月の神話【新装版】(Jr FrederickP.Brooks/滝沢 徹/牧野 祐子/富澤 昇)

ゴールドラット博士のコストに縛られるな! 利益を最大化するTOC意思決定プロセス(エリヤフ・ゴールドラット/村上 悟/三本木 亮)

新装版 リファクタリング―既存のコードを安全に改善する― (OBJECT TECHNOLOGY SERIES)(Martin Fowler/児玉 公信/友野 晶夫/平澤 章/梅澤 真史)

ドメイン特化言語 パターンで学ぶDSLのベストプラクティス46項目(マーチン ファウラー/Martin Fowler/角 征典/ウルシステムズ株式会社/レベッカ パーソンズ/Rebecca Parsons/平澤 章/大塚 庸史/坂本 直紀)

ThoughtWorksアンソロジー ―アジャイルとオブジェクト指向によるソフトウェアイノベーション(ThoughtWorks Inc./株式会社オージス総研 オブジェクトの広場編集部)

なんということでしょう。

すべて日本語に翻訳されているではないか。1億人という市場人口のなせる技だ。

本書は読みにくいし、問題点もある。間違った読者が買えばアマゾンに星1レビューが乗りまくるタイプの本だ。

にもかかわらず、本書は重要であり、読む価値は極めて高い。手放しではお勧めしないが、上に並べた参考文献のいずれかを読んだことがあれば、それが現在のソフトウェア開発の知見において、どのように組み込まれているのかを確認するためだけでも読む価値がある。

進化的アーキテクチャ ―絶え間ない変化を支える(Neal Ford/Rebecca Parsons/Patrick Kua/島田 浩二)


2018-11-26

_ 進化的アーキテクチャ

島田さんからもらった進化的アーキテクチャを読了した。

良い本だと思うし、サジェスチョンと確認と方向づけなど有意義な内容に満ちている。

なので、現在のエンタープライズアーキテクチャー(あるいはある程度の規模、たとえばモデルが8クラスを越えたあたりのWebアプリケーションなど)を構築する場合、あるいはなんらかの改造、修正、移行をする場合には一読しておきたい。

要点と勘所をメモもかねて書く。

ただ、もらっておいてなんだが、本書は良くない点も多い。

最初に、(というのは、要点と勘所を書く前に明らかにしておきたいからだし、正誤表的なメモを最初に掲示しておく意味があると思えるからだが)苦言を書く(もしかすると、このエントリーはそれで終わるかも。最初にネガティブなことを書いて後から誉めるのは悪手だが、それでも本書については最初に苦言を書くべきだと思う)。

本書は、読みにくい。

「読みにくい」という言葉を使うにあたって、おれの立場と言葉についての含意を説明する必要がある。

基本的におれは「読みにくい」とか「難解」とかいう言葉を発するやつは、少なくとも対象の書籍を読む最低条件を満たしていないか、またはそもそも読解力に欠けている無能者だという立場だ。要するに負け犬用語、負け犬判定用の言葉である。

しかし、おれは本書を読む最低条件を満たしていないとはまったく考えていない。読解力はどちらかといえば控え目に言っても並みのレベルは越えている(読み過ぎて壺にはまることはあるとしても)。にもかかわらず読みにくい。おれは負け犬か? いや、本気で本書は読みにくいのだと考えざるを得ない。

本書の場合、こういうことだと考える。

執筆者が高い位置から全体を書こうとしているために、比較的新しい概念を持ち込んだり、既存の概念と衝突するが微妙に異なるような場合に、積極的に新しい用語を発明している(のだと考えられる)。あと、アーキテクト、コンサルタントとしての(利用する用語についての)気取りを捨てきれていないのではなかろうか。好意的に解釈すれば、少ないページ数に考えを凝縮させるために言葉に意味を詰め込み過ぎたのだろう(そのため、原書を読んでも同様に意味が通らない箇所はあると考えられる)。

それに対して、島田さんがあまり適切ではない訳語を持ち込んでいたり、消化しきれずに訳してしまった箇所がある。

また、全体的に抽象的な説明や筆者の考え方の開陳が多いため、確立しきっていないものを説明するために言葉があやふやになっている箇所を、おそらく咀嚼しきれずに訳したか、あるいは本人は咀嚼していても日本語に落とし切れていない。内容が抽象的なところについては、校正もうまく機能していなそうだ。

たとえば最悪の例としてP.151の継続的デリバリーを選択すべき理由を解説した箇所の結論部分の段落(ただし、英語のまともな本なので、各節は、重要事項の提示(結論)-補説-具体例についての説明―提示部をそれに合わせて再現―という構造なので、抜粋部分は再現部に相当し、日本語の意味での結論ではない)を抜粋する。

一般的なビルドツールは、いずれもこのレベルの機能(引用者注:依存しているコンポーネントの最新バージョンの非互換性を検出したら、静的に現状の利用可能なコンポーネントのバージョンを自動的に記録し自動更新から防御する機能。BundlerのGemfileは自動ではないので、これには当てはまらない)はサポートしていない。そのため、開発者は既存のビルドツールの上にこの知性を構築する必要がある。しかし、この依存関係のモデルは、サイクルタイムが重要な基礎を成す値であり、他の主要なメトリクスの多くに比例する、進化的アーキテクチャにおいて非常にうまく機能する。

呪文みたいだ。「知性」はインテリジェンス(この場合は非互換検知による自動静的バージョン固定機能、継続的デリバリーのためのスクリプトに自分で実装する)という意味だろうと想像がつくが(それでも、インテリジェンスにしても知性にしても、適切な言葉ではないだろう)、「しかし」の後は言葉のサラダみたいだ。

原文を読んでいないから想像でしかないが、日本語であれば次のようになると考えられる。

「一般的なビルドツールには依存しているコンポーネントのバージョンを固定する機能がない。そのため、開発者自身が実装する必要がある。実装コストをはらってでも継続的デリバリーを選択するのは、依存関係を適切に解決することがサイクルタイムを短く保つためのキーファクターであり、進化的アーキテクチャを正しく構築するためには、他の主要メトリクス以上に重要だからである。」

(追記:「比例」というのは上の解釈と違って、「(依存関係を正しく処理することは)主要メトリクス全般に影響する。このため、進化的アーキテクチャをうまく機能させることができる。」という意味かも)

というような具合に読み替えが必要なので、読みにくい、と言わざるを得ない。

以下目立ったところ。

P.9

「アーキテクチャの一部はしばしばガバナンス活動だとみなされてきた。しかし、アーキテクトは最近になってアーキテクチャを通じた変更を可能にするという考え方を受け入れてきている。」

何がなんでも意味不明。ガバナンス活動=変更を不能とするほどの統制、という意味か?

(これは原書もおそらくガバナンスアクティビティとしているのだろうが、統制に対してアーキテクチャを通じて変更するというはいきなりそう書かれても意味がわからない。ただ、落ち着いて考えると、組織論に対する逆方向の影響について良く書いてあるからわからなくはないか)

P.27

「アップグレード中断テスト」

意味はわかるが、用語を投げて投げっぱなし(これは原書の問題だろう。節題ですらない重要な概念(ボルドを使っている)を投げっぱなしにして良いのか?

P.37

「彼らが解かなければいけない儀式であるとみなす罠」

決まり文句とかボイラープレートとかおまじないとかに訳したほうが良いのではなかろうか。というか「解かなければいけない」に「儀式」はかからない。日本語にするなら「彼らが封じなければならない呪い」(解くの逆の意味だが「封じる」に訳したほうが日本語としては良いと思う)

P.75

「一般的に大きくなるものが、安定もしている」

タイポ? 「一般的に大きくなるものの、安定している」あるいは「一般的に巨大化するが、安定している」

という意味だと思うが、順接の「が」で「安定」に繋いでいるので意味が不明。

P.79

「結合度が低め、」

普通のタイポ。「結合度を低め、」

(P.110 オプション3はとても良いというか、なるほど! と真似することにした。と、メモ)

P.113 5.2.1

これはひどい。節題が「2相コミットトランザクション」だが、どこにも2フェーズコミットについて書いてない。(おそらく原書が悪い)

内容を読めば、サービスを分割していくと分散トランザクションが必要となるため、2フェーズコミットのような機構が必要になる、ということなのだが……

(P.115 重要なことが書いてある…… 付箋紙を元にだめな点を挙げて行くことにしたのだが、段々暗澹たる気分になってきたので、気づきマークについても()内に少し入れることにした)

(P.123 ぽろっと「進化的アーキテクチャを構築することにおける最大にして唯一の障害は、扱いにくい運用だ。」という文が紛れている。なぜ、独立した項目にしない?(おそらく筆者たちは実運用に深くコミットしたことはなく、ただ現実問題として運用が障害になっている事例を知っているからではなかろうか))

(P.124 COTSは存在自体が障害(とまでは書いていない))

(P.126 最高におもしろい)

P.131 「赤で示す」

原書はカラー印刷なのかな? いずれにしても網掛けの工夫が必要そうだ。実際は和集合の箇所とはわかるけど。

(P.140 技術的負債の再定義。早すぎる最適化も技術的負債である(利用されなかった場合))

P.143 「サービステンプレート」

具体性に欠け過ぎている。想像はつくが、もう少し説明なり参照ポイントなりを出すべき。

(serverspecとかかなぁ、それとももっと良いものをThoughtworksは持っているのか?)

P.149 くだらない(としかメモが無いけど単なるページの埋め草と思ったのかな?)

P.151 「内部的にサービスをバージョン付けする」

言いたいことはわかるが、抽象的にしようとしてどう考えても失敗している。または誤訳。

本章では、外部APIにバージョンを付けることと、内部でバージョン分岐をすることの2つの方法を示しているのに、節題は「内部的にサービスをバージョン付け」としているので意味がわからない。ただし、結論は内部解決が良い、だがバージョン付けとナンバリングが完全に異なるというのがわかりにくい(バージョンは普通ナンバーだから)。

まあ、当たり前といえば当たり前のことではあるから書いてあることはわかるけど。

(P.156 クリーンアーキテクチャがなぜ必要なのか)

(P.163 圧倒的に正しい。ただし、コード:メタデータ≒サービス:インスタンスが混乱した記述になっている)

(P.179 とても良い提言。取り入れる)

P.199 「ソフトウェア開発エコシステムの動的平衡によって、予測可能性は効力を失っている。」

意味不明。そもそも平衡していないから予測可能ではないのではないか? 動的平衡言いたかっただけだろ的な。

「ソフトウェア開発エコシステムがもたらす急激な変化は業界バランスを容易に崩してしまう。このため予測可能だとは考えないことだ」くらいに訳さないと(おそらく原文含めて)意味が通らない。と、思うけど(自信なくなってきた。動的平衡を個別に進化することのような意味で使うのが正しいのかなぁ)

(P.202 順応とは並列であり、進化とは統合である。(だから進化を選択せよという話))

とりあえず以上

進化的アーキテクチャ ―絶え間ない変化を支える(Neal Ford/Rebecca Parsons/Patrick Kua/島田 浩二)

本日のツッコミ(全3件) [ツッコミを入れる]

_ snoozer05 [厳しいご指摘を重く受け止めつつ、よくできるタイミングで少しずつでもよくしていきたいと思います。ありがとうございます。..]

_ arton [これだけの難物の翻訳、興味のある分野なのでいただいたことも含めて、あらためて、どうもありがとうございます。 内容か..]

_ snoozer05 [> これだけの難物の翻訳、興味のある分野なのでいただいたことも含めて、あらためて、どうもありがとうございます。 内..]


2018-11-25

_ 新国立劇場のカルメン

指揮はジャンリュックタンゴという人。見た目もなかなかかっこ良いが、聴衆のざわめきが終わるかどうかというあたりでいきなり切れ味良くスピード感を以って始まる。なんかとても良い。チェロかな? 序曲の2番目の箇所で普段と違う場所が強調されたり、のっけからとても良い。

速いばかりかと思うと、2幕のセギディーリャとかむしろ遅かったり、なんか自由自在でおもしろい。部分部分で歌手とオーケストラの追っかけっこのような状態いなるのだが、意図的かも、と思えるくらいにおもしろい(本当に意図的なのかも知れない。要するに説得力がある指揮っぷりだった)。

カルメンのジンジャーコスタジャクソンという人はあまり好みの声ではない(艶がないというかハスキーというか)のだが、カルメンとしては抜群の立ち居振る舞いと歌唱力。ドンホセのオレグドルゴフはもっさり感がある見た目だけど美声でとても良い。ミカエラの砂川涼子はなんか今回、とても良い。指揮にあっているのかな? 特に1幕最初の部分はいつも退屈するのだが、今回はまったく退屈する余地もなかった。

残念なのはエスカミーリョのティモシーレナーで、見た目は最高のエスカミーリョなのに声量が無い。というか、エスカミーリョの出だしの部分は何が何でも低音過ぎるのではなかろうか(舞台で観ていて、おおこれぞエスカミーリョという歌に出会ったことがないような)。

観客は入りが満杯なのは良いとしてこれまでの新国立劇場で最悪だった。

隣の老人は歌の最中に薬を取り出そうと、ガサガサ、パキパキ初めて、それが延々と続く。

その隣の隣あたりからは、エスカミーリョのみならず合唱の時(第3幕)ですら、闘牛士の歌に合わせて一緒に歌う。なんだこいつ? 年を取り過ぎて脳内歌唱が外部に出力されているのか? こんなくそは初めてだ。

というわけで舞台の上は天国(だがホセにとっては地獄)、舞台の周りは地獄(しかし舞台の上だけに注目していればそこそこ天国)というとても不可思議な体験をした。


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