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日々の破片

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2008-08-03

_ イヤミは一人、風の中

というわけで、ひとつの時代が終わったわけなのだ。それでいいのだ。

小学生のころ、曙出版から出ていたおそ松くんの全集は、文句なく垂涎の的だったけど、すべてを持っていた子供は僕のまわりには僕を含めて誰もいなかった。

1巻を買ってもらったときは嬉しかったが、すぐにうれしくなくなった。おそ松くんの顔が違っていたからだ。すげぇブタっ鼻で、もっさりしていた。その後、少年サンデーに移ってそこであの洗練されたスタイルの6つ子になったのだった。おそ松、から松、とど松、市松、チョロ松、十四松、さあみんな揃った揃ったー。で始まるテレビアニメは見ていたけど。覚えてるもんだな。六人揃えば、イヤーミを言うぜ、あーいつはでっぱのイヤミだ。シェー。

魚屋の娘のトト子ちゃんが秘密のアッコちゃんと同じ顔だったことで、秘密のアッコちゃんが赤塚不二夫の作品だとあとから知ったとか。

その少年サンデーのおそ松くんは、幼稚園のころ、家に一冊なぜだか知らないがあった少年サンデーに出ていたのを覚えているから、古いといえばむちゃくちゃに古い(む、思い出したぞ。この回は、イヤミとチビ太が鶏のかっこうの黄金風呂を作る回だ。にせものだけどな。だよーんが客に来るので怪しいと思って口を開けさせると道具が出てくるし、デカパンのパンツの中から大工道具が出てくるので追い出すとか。で、おそ松くんの家では母親が子供におやつだよといって、鏡餅を出す。見事に食いちぎったおそ松とから松が、風呂行の資格を得て、金をもらって風呂へ行く。道具をもってないのでイヤミが風呂に入れると、さっそくおそ松とから松はトサカを食いちぎる。すると単にセトモノに金色を塗っただけのインチキとわかる。あとはどうなるか忘れた。多分、イヤミとチビ太をみんなで袋叩きにして、それまでに稼いだ金を巻き上げてしまうとかだろう。あの二人はしょっちゅう、簾巻きにされて捨てられたりしていたり)。エノケンやロッパという言葉がふつうに出てきて、吾輩は村中で一番、モボだと言われた男とか登場人物が唄う、まだ、そんな時代の作品だった。おそ松くんを読んで、「赤城の山も今宵限りよ、かわいい子分のおめぇっちとも……」で始まる赤城忠治のセリフを覚えたし、チョロ松が眼帯して寿司を食わせてもらうのを読んで、次郎長三国志を知る、芸能がコモンズだった時代の作品でもある。いずれにしても、今の子供が読んでも、背景知識が全然ないから(言葉とかも)たぶん、半分も読めないだろうなぁとか思う。

チビ太は、戦災孤児でいつも6つ子にこづかれていじめられているのだが、小さいから頑張るんだし、力では勝てないから口が達者で、そんなことはないとは思うが、スナフキンの妹みたいな感じだ。時々、火垂の墓のような内容の作品も混ざったりするので、チビ太は独特の人気があった。猫をかわいがるんだよな。自分が食べるものがなくてふらふらで、やっと拾ったパンか何かをノラ猫にやってしまったり。拾い食いという言葉が通用していた時代の作品でもある。だからおでん(串に上から三角、丸、円筒がささっているのだが、コンニャク、ツミレ、竹輪麩かなぁ。当然、子供心にあのおでんを食ってみたかったが、鍋で煮られたおでんはチビ太のおでんのようには見えなかった)が彼にとっては本気の大御馳走なのだ。

で、曙出版の全集だが、その中に、1冊、異様な題の巻があって、子供心に猛烈あたろうな興味を抱いて、結局、買ってもらった。それが、イヤミは一人、風の中だ。

これは単行本1冊分(だと記憶している)の長編となっていて、ギャグ漫画でありながら、妙に哀しいような、寂しいような、不可思議な物語だった。期待していた漫画とはまったく異なったのだが(おそ松くんたちは、町の悪ガキとして少し出てくるくらいだったように思う)、強烈な印象を受けた。だから、期待とは違ったかも知れないが、がっかりはまったくしなかった。

街の灯 コレクターズ・エディション [DVD]

イヤミは素浪人で(江戸時代が舞台のようだ)、盲目の花売り娘の境遇に同情して、いろいろ治療費を稼ぐはめになる。しかし力も何もないイヤミ、どうやってお金を作ったのかまったく記憶にないが、それでもどうにか治療費を捻出できて、たぶん盗みかなにかをやったんじゃないのかなぁ、娘が医者へ行くのを見かけてそれがお別れとなる。

さらに幾年が過ぎ、素浪人どころかただの乞食にまで落ちぶれたイヤミが袋叩きにされて(たぶん、片輪になっているような記憶がある。いざり車に乗っていたんじゃないかな)這いずりまわっていると、同情して抱き起してくれる女性あり。イヤミが顔を見ると、あの娘。今では眼もぱっちりと開いて、花屋を開いて立派に暮らしているらしい。思わず、礼を言おうとしてふと気づく。声を聞かれたら自分があの金持ちの(ということになっている)治療費を出した恩人だとばれてしまう。でも、自分は金持ちどころかただの片輪の乞食だ。まあ、口がきけないのね、と同情する娘の手を振り払い、そのまま風のかなたに去っていく。

父親が、それを読んで、チャップリンのやり方が気に食わなかったのかなぁとか言っていたのを覚えている。

それからさらに数年、東宝東和が最後のチャップリン劇場公開をして立て続けに上映した中で、街の灯を観る。

野垂れ死にしかかっているチャップリンを抱き起こす娘、冷え切ったチャップリンの手を取って、ちょっと驚き、ためらい、また握り、盲目だったころの自分を力づけてくれた恩人の手の感触を思い出す。

「あなただったのね」

チャップリンは、去らなかった。


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