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日々の破片

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2008-08-26

_ 電車の運転

高岡さんのところ経由で買って、読了した。

えらくおもしろかった。感動的ですらある。

電車の運転―運転士が語る鉄道のしくみ (中公新書)(宇田 賢吉)

おもしろいには理由がある。3点あげれば、

・よく知っているつもりというか利用しまくっているのに、その実態をまったく知らないことから来る、なるほど感。

・100年以上の歴史がある分野だけに、運転士という人間が操作しているにもかかわらず、何がどうなってどうなるかが、明確になっていること。

・技術の追求をする人間(この場合、運転士)と、企業運営(鉄道会社)、マネジメント、コスト、ゲイン、コンシューマの関係

3点目があるから、まったく他人事とは思えない。

地下鉄はなぜパンタグラフではないのか? パンタグラフが供電線(トロリー線というのだが、ああ、そういえば子供のころ、トロリーバスってのが明治通りを走っていたのを見た記憶があるけど、トロリーってそういう意味なのか、とか……電気自動車だったのだなとか、いろいろ想起するものがあったり、今こそ見直せるかな? いや、架線が道路を覆っていたわけだから、それは無理だろうとかいろいろ)から離れないようにいろいろな工夫がある。

パンタグラフはトロリー線を押し上げるが、それに対応する力は支持点が最も硬く、中間は軟らかい。この差によってパンタグラフへの波打ち作用が起こり、硬い地点を過ぎたときパンタグラフが離線(架線から離れる)する原因となる。高速度では特に顕著となる。

と、ハードボイルドな書き方なのだが、それがとてもリズミカルでいい。

パンタグラフが架線から離れることを離線といい、大きなアークを発生する。アークは熱を発生してパンタグラフと架線を損傷する。直流ではアークの自然消滅が望めないので、離線は何としても防止しなければならない。

ところが、直流と交流の2方式が利用されているのだが、まさに一長一短。この場合は、直流は短の側だが、そればかりでもない。そのために、どのような構造を取って、それがどう長短あるのか、といったことが説明される。

というような知識を蓄えて、小田急線と乗り入れしている千代田線とか眺めると、ふーむ、どっかでパンタグラフへ切り替えているんだろうが、いったいどのような仕組みになっているのだろうか、とか日常にはまだ知らないことが山ほどあることにあらためて気づいたり。

というように、パンタグラフのところだけを取り上げたが、これが駅を出て、どのように電車というものは発車して加速して減速して停車するのか、を順に記述しながら、その過程で出現するさまざまなインフラについて解説が入る。

で、この本がすばらしいのは、上で引用したようなハードボイルドな記述の合間は、実際に運転していてどのようなことがその場では起きる可能性があるのか、その場合に、どのように運転士は考えるのか、感じるのか、それに対して現在の技術は(あるいは企業方針は)合っているのか、合わないのか、そういった実体験に明らかに根差していなければ書けないような記述が入るため、まったく退屈しない。すごい構成力だ。

運転士には構成力が求められる。

しかもアドリブで。

電車は線路を進むのでぶれないし、電力で動作するので速度から停車までの距離まで数値化されている。

しかし、のろまな乗客がいれば数秒のロスは簡単に入る。しかし、遅延は許されない。急ブレーキ(というのは車とは異なることになるのだが)をかけると「衝動」が生じる。客は不快になったり危険であったりする。最高速は決まっていて、各カーブの限界速度などもすべて数値化されている。そのため、機械の進歩は確実な作業を可能とする。

しかし、古い機械は手作業の余地がある。

旧い形式では停止直前に緩めてしまい、動作遅れによって緩みきる直前の状態でフワリと停車する方法があった。

ブレーキ作用の応答が速いとこの裏ワザが使えず、最小のブレーキを使用したまま停車することになって、わずかな衝動が避けられなくなった。この対策として、JR205系のようにブレーキ力といえないほどの弱いブレーキ力のノッチを設けた形式も出現している。もっとも運転士が有効に使用しなければ意味がない。

というわけで、いかにきれいに停止するかは運転士にとっての誇りのようだ。したがって、こんな言葉も出てくる。

計画的な再ブレーキは、速度が高い前半のブレーキ扱いの無駄を許容して後半の最適パターンを作りだすというもので、運転時間短縮のための最善の方法として生まれている。管理者や幹部クラスが運転室へ添乗したとき、これを見て基本扱いを行うよう助言を受けた者は多い。運転士の心理をわからない上司は勉強不足といえる。

すべての区間のあらゆる情報や地理的なランドマークを記憶しておき、その場で調整していき、客には快適に、時間には間に合い、エネルギー消費を抑えてコスト低減に協力する。

乗客の立場の場合でも運転士が気になっていろいろ観察してつい苦言を呈したり。

マリオネットのような運転士を見ると、この鉄道はこうした動作が多いほどよいと勘違いしているのでは、と気がかりである。

(こういうのってわかるなぁ)

数字が並ぶところでは、読者が感覚的に認識できるように、ちょっと一言入れてみたり。

屋根の部分は車両限界から200mmを空ける。上下の動揺は左右の偏奇ほど大きくなく、乗客が覗くこともないのでこの数値となった。アクション映画のように走行中の屋根の上に人が乗れるスペースはない。

そうなのか! というのは、建築限界について解説したところ。そこまでは建物などが来ても良いということなのだから、20cmしか隙間がないところもあり得るということだし、そりゃ確かに伏せても後頭部が削れてしまう。

いや、それにしても濃い内容だ。標識から信号から、枕木から、とにかくすべてが合理的に考えられていて、それについて、この方法ではこういう長所があるが、一方、こちらの場合は、こういう長所がある。運転士から見た場合、これのほうがこうだが、コストの問題でそうはいかない、というような調子。

技術読み物のお手本のような本だった。

#閉塞という言葉が出てくるのだが(ある区間に電車が入っていて、他の電車を入れないようにしている状態)、なんとなく腑に落ちた。

本日のツッコミ(全4件) [ツッコミを入れる]
_ woods (2008-08-26 09:21)

地下鉄といっても郊外路線と相互乗り入れしている地下鉄は、たいてい架線からパンタグラフを使って集電しています。<br>東京だとパンタグラフを使わないのは銀座線と丸の内線だけですね。

_ きむら(K) (2008-08-26 12:00)

ひょっとして<br>http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q149757929?fr=rcmd_chie_detail<br>にあるような話ですか?<br>>パンタグラフ云々<br><br>面白そうな本なので今日にでも買ってみよう。

_ arton (2008-08-26 19:23)

>woodsさん<br>なるほど。パンタグラフを使っているんですね。考えてみたら、いつもしげしげと見ているのは銀座線だから無いはずでした。<br>>きむらさん<br>そんな感じですね。でもパンタグラフは全体のごく一部ですよ。

_ きむら(K) (2008-08-26 22:53)

>でもパンタグラフは全体のごく一部ですよ。 <br>いやいや、パンタグラフだけに惹かれたわけではないですから(^^;


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