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日々の破片

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2014-06-23

_ 三島由紀夫と鹿鳴館

22日は、新国立劇場で鹿鳴館。池辺晋一郎の作品を意識的にみるのは今回が初めてだと思うが、日本語の良く考えられたオペラだった。

が、比較的始まってすぐの大徳寺侯爵夫人の「じんせい」の抑揚の付け方が気持ち悪くて妙にひっかかってしまった(その一方で、ですますの文末の流し方はきれいなんだよな)。

一幕の後半は見ていてだれてきてあまりちゃんと観ていないのだが、フレーズの繰り返しが気持ちよかったのは覚えている。

最初に大徳寺侯爵の娘と自由民権家の息子で始まる二幕は物語が急展開することもあって、演劇としてまずえらくおもしろい。その分、音楽の印象がほとんどない。なぜワルツを妙に猥雑に(演出含めて)するのか。そこだけ音も浮くし、実際の政治でも鹿鳴館の中だけが浮いていたわけだから、それを意図しているのかな。

朝子役の腰越満美という人は二幕の黒いドレスが良く似合い、誇り高い新橋芸者の凛とした風情があって、良かったと思う。ただなんというか、草乃って陰謀家の美人秘書(兼小間使い)なんじゃないのかなぁ。なんか蝶々夫人の鈴木みたいな老婆にしか見えなくて、これじゃない感が半端ない。

鹿鳴館 (新潮文庫)(三島 由紀夫)

物語は比較的単純だ。影山朝子は40手前くらいの美しい女性で、影山悠敏(おそらく内閣首班)の妻。元は新橋芸者だ。その芸者時代に心底惚れた男の子を宿し産んだ子供、清原久雄は男に引き取られて美しい青年に育っている(影山が、「あの年代の青年というのは女性の美と同じ言語で語ることができる。それにしても、あれは美しい。あの美しさはかって見た覚えがある。確か新橋の売れっ子芸者で……(察し)」と語るくらいなのだから美青年なのは間違いない)。でその惚れた男は自由党の生き残りで清原永之輔。脇にからむのが、曲馬団の天幕で久雄と出会い相思相愛となった大徳寺顕子、その母で朝子のよき友人の寺侯爵季子(出自が似ているのではなかろうか。それに対してイヤミな女性役として出てくる宮村陸軍大将夫人などは下級士族か三文貴族の子弟という感じだ)。

影山は20年以上たっても信頼関係にある朝子と永之輔に嫉妬して、陰謀を巡らし、久雄に永之輔を暗殺させようとする。が、久雄の屈折は逆に永之輔によって久雄を殺させることになる(と永之輔が語るのだから、どこで真実かはわからないのだが、永久の親子関係なのだから嘘はなかろう)。朝子はその仕組みを知り、永之輔とともに生きることを宣言する。が、影山はそうなることを敏なのであらかじめ察して、刺客飛田天骨を放している。銃声が聞こえ、影山は悠々と生きる。

で、つくづく感じたが、おれは三島由紀夫って本当に嫌いだということだ。見ていてここまで不快になるとは思わなかった。

考えてみれば、あまりの腐敗臭に豊饒の海はもちろんのこと、たかだか金閣寺ですら最後まで読み通したことはなかったのだった。

結局最初から最後までというのは、ジャンルイバローの劇団が草月会館で演じたサド侯爵夫人と、今回の鹿鳴館の2つの戯曲作品を舞台でみただけだ(正確には、忘れてしまった雑誌に収録されていた憂国は読んだ)。

言葉は必ずしも悪くなく、むしろ高踏なくらいなのだが、何か非常に気分が悪いものがある。

たとえば、ばかみたいに人間関係を示す命名方法にそれがある。とても厭らしい。影山から朝日が昇るのではなく、影山に隠れて朝は見えない。清さは影には勝てない。永、久、悠という同義語で示される朝子の回りの男だが、介も輔も他人を助ける意味だが、敏はその場その場で自分のために切り抜けていく。天に骨を飛ばす男だけが別の時間を生きている。太陽が顔を出す朝子と姿が顔を出す顕子は二人とも男を失う。季は朝より長く、永久悠より短い。唯一生物なのが草乃だが、それは風になびくだけ。

小賢しいというか、下品なのだ。

関連する文学者という点では、三島が嫌っていたという太宰治のほうがはるかに好きだ。太宰治の場合、自分を卑下し過ぎるきらいがあるのだが、そこの遠慮が世界の見方に対する柔軟性となり自分の不確かさが世界受容として美しい。ところが三島由紀夫の場合は、提示されているのはそこに無い確固たる権威を前提にした硬直的な(運命論的な)世界で、それはまずお仕着せがましいし、一見すると太宰治と同じような自己卑下にもみえるのだが、実のところそれは確固たる権威に対してのみの卑下であり結局は裏返しの傲慢さと冷酷さなのだ。鹿鳴館の場合、朝子が主人公のように見えるのだが、実は朝は影山に覆われて来ることはなく(清い原には朝はすみずみまで光を投げかける)、そこにあるのは悠久の敏さなわけだ。気分悪いのも当然だ(影山が主役ならもちろんそれはそれで良いのだが、主人公は朝子なわけだ)。

と、三島由紀夫の作品はくずのようなものだったが、舞台作品としてはとにかく歌手、舞台、衣装、どれも見事なものだった。


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