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日々の破片

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2019-01-16

_ 献灯使

原先生がFBで言及しているので、なんだろう? と興味を覚えて献灯使を買った。読んだ。

もしかすると高校時代に読んだ埴谷雄高以来の形而上的文学かも知れないので、その意味では最初は戸惑った。一瞬近未来SFかと思ったがセンスオブワンダーによるカタルシスは一切ないというか拒否している文章なのでSFではない。

が、おもしろい。全体の半分が献灯使という中編で、そのあと、短編が何個か入っている。発表年を知らずに書いているが、短編は中編を凝縮させた作品だったり舞台設定の説明だったりして、それほど感心はしなかったが(とはいえ、相似した漢字を使った孤独を楽しむ老婆(とまではいかないか)の作品はおもしろくなくもなかった)、表題作は抜群におもしろい。

短編のほうでは、舞台設定として震災があることが説明されているので、作者は3.11文学というものを想定したのかも知れないが、そういう実世界の事象は無視したほうが意味的だ。

つまり、今現在そのものを表現した作品だ。

失われた20年の間の世代はどこにいるのかわかっているようでわからず見えず、老人は異様なまでに元気で生活していて、子供たちは身動きが取れない。老人には知識と経験というインフラがある。しかし子供にはそれがない。そして登場する人物は活動家の八百屋にしても教師にしても、全員が全員受け身一方だ。すべてが外部にあり、その外部の東京の外部に本州があり、その外部に、その外部に、と外に向かわずにすべてが内側に収斂したところで子供の世界地図とのシンクロがあったりするが、結局はすべて外側で流れて行く。皮相的だがそこも実に今っぽい。

全世界がそれぞれ鎖国していて、一番輸出で稼いでいるのがインドと南アフリカで、何を輸出しているかといえば文字で、それがどういうユースケースなのかはどこにも書かれていないが、どうも、文字とそれによって構成される言語というものの価値が非常にインフレしているのは間違いない。

逆に日本の言語はデフレしまくっていて、今や語彙はほとんど失われているか誤っている。しかもニュースピークではないが、豊富な語彙、豊饒な言語は取り締まられる可能性をはらむ。言葉が失われつつある世界という最先端を主人公は走っているのだ。

第1次産業と言語が稼ぎ手となっていて、情報は遮断されている。

したがって、日本で儲けているのは沖縄と北海道で、九州は海運によってそれなりに稼ぎ、四国は蜜柑で稼ぐ。東京はほぼ死んでいる。

単純に今現在の経済情勢を逆読みした世界ではあるが、言語に対するディティールがあるため世界は奥行きを持つ。そのため情報がインフレを起こした末にコモディティ化した状態という意味で、今そのものを正しく描写していることになる。

情報の遮断があるため、老人以外は言語の豊饒さも想像の逞しさも持ちえず、実は一番の財産は知覚による記憶と身体による経験だ。

そういう世界において、何が日常として成立するのかという思考実験によって作られたアクエリウムで、4人の人間が特にフォーカスされて部分的には意識の流れで語られる。

むしろ、この作品を震災文学(というよりも原子力発電所の爆発事件)として捉えると、作品世界の現実性が矮小化されるように思える。そこは問題ではなく、むしろ世代間の断絶が経済から政治まですべてにおいて支配的になっている状況に対する敏感な反応によって生まれたと考えた方がしっくりくるからだ。

献灯使 (講談社文庫)(多和田葉子)

と、久々の形而上文学でおもしろかった。


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