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日々の破片

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2019-08-20

_ 折りたたみ北京読了

通勤中にちまちま読んでいた折りたたみ北京読了。

最後の劉慈欣の2作は圧倒的なので家帰ってそのまま読んでしまった。

作品としての良さとは別に、小説としておもしろさ(文体とか構成力ということだろう)がとにかく抜群で感心しまくった。

三体(劉 慈欣)

なるほど、三体がばか売れしていると聞くが(というか、おれも買ったけどまだ読んでない)、そりゃそうだろう。小説としてのおもしろさは天下一品だ。

序文がケン・リュウという編者のもので、最初に思弁的小説の短篇集だと書いてあったり、劉慈欣の作者紹介のページにハードSFと書いてあったりして、おれが70年代あたりに筒井康隆のSF図鑑だかSF入門だかで読んだ頃の用語と全然違って戸惑った。

どうも思弁的小説をもしXな世界ならYだろうという普通のSF設定小説のことを、ハードSFは本格SF(正統SF)のことを今では呼ぶらしい。特に引っかかったのはハードSFで、おれの知識だと石原藤夫や重力の挑戦のような、ある世界がXであるならば、そこでの物理的な制約や生物学的制約はYであり、したがってそこではZでなければならない、というような合理性に基づいた設定を重視するSFというものなのだが、単にガチなSF(ハードロックのハードと同じだ)という意味らしい。わざわざガチなSFをハードSFと呼ぶということは、そうでない、つまり思弁的小説が主流となったからだろう。だから、かっての主流をわざわざハードと形容する必要が出てきたのだろう。火星の人あたりはそういう意味でハードSFってことになるのかな。

というようなことを考えながら読むので、中国SFかどうかは念頭からきれいに消えてしまっていて、今、作者名を書こうとして漢字を拾うのが大変だという程度のことになってしまっている。というか、中国というジャンル意味ないな。

おそらく訳業は立派なものなのだと思うが(日本語としていずれもこなれている)、そこは良くわからないので、読んだものがすべて作者のものとする。

最初に陳楸帆という人の作品が3作。

鼠年: ちょっと下放っぽい状況の人間ドラマ。普通におもしろい。

麗江の魚: 時間SFなのだが設定がおもしろい。鼠年もそうだがミステリを入れ込むのがうまい作家だと思った。

沙嘴の花: とても美しい作品だ。深圳を舞台にして、貧困地域から脱出した男がテクノロジーを使って女性を救おうとするが、人間の心理は複雑なので破滅するというような(ある意味よくある)話なのだが、イメージが実に美しい。傑作。

夏笳の作品が3作。

百鬼夜行街: おれは、これを元にしたかインスパイアされたか、それとも同世代の意図せぬ意識共有か何かの似たような映画を観た記憶がある。瓦礫の中に残った一軒の家のイメージだ。短編映画集の中に入っていた。

百鬼夜行街という捨てられたロボットの遊園地のような場所でロボットたちに育てられている捨て子の子供が、高度なロボットなのか人間なのかアイデンティティが揺れ動くままにカタストロフが到来するという抜群な小説ですごかった。

童童の夏: この題名のフリガナがトントンだったので侯孝賢の映画を想像したら全然違い過ぎてなんのもじりでもないのかと思ったら侯孝賢のはトントンはトントンでも冬冬の夏休みだったというのは全然関係ない。

すごくうまくできていて、医師だった祖父が倒れてリモート制御のロボット介護を受けるようになるのだが、この祖父、根が革命家(それまでの在り方をがらりと変える人という意味で使っているようなのに、主人公には良くわからない言葉という設定になっているのが興味深い)なだけにリモート制御ロボットの制御側に革命をもたらすという、なんか読んでいてえらく勇気付けられるような不思議なポジティブな作品。おもしろかった。

龍馬夜行: 人類滅亡後に動き出したロボットがコウモリと旅をするというとてつもなく叙情的な作品。悪くない。百鬼夜行街に通じる美学を感じるが、童童の夏とはまったく異なる作風で、この作家はうまいなと思った。

馬伯庸という人の作品は1つ。だが、折りたたみ北京の中では、抜群な小説である劉慈欣の作品を含めても、おれにはこの人の沈黙都市が最もSFだった。

沈黙都市: 1984年を現代のテクノロジーで再構成した作品なのだが、これは本当におもしろくこわかった。

1984年のニュースピークではなく、ネットワーク上で利用可能な言葉を制限することで人々の思考を制約する体制というのがアイディアの肝なのだが、おれには、これは行きつくべきグーグルの世界にしか読めない。

つまりグーグルIMEだ。このひどい仮名漢字変換機は、おれが使いたい言葉がまったく出てこず、常に意味が薄い言葉を使うように誘導する。

検索会社の肝は、検索した情報に最も合致したものを提示することにある。現在のところは、ディープラーニングを使ってそれっぽい分類でやっているようだが、限界は誰でもわかるから、結局は意味の解析をする必要がある。

意味の解析をする側にとって望ましいのは、ある文章の意味が一意であることだ。その場合、反語表現やあてこすりはノイズだし、造語や合成語はバグだし、文法崩しは敵対行為だ。

あるとき唐突にMSのKBの自動翻訳がまともになった。とはいえやはり意味が通じないので原語のページを見ると、実に読みやすい。自動翻訳にマッチした英語の書き方をするようにしたのだろう。

グーグルがIMEやChromeのtextareaやGoogle Docsでやりたいことは、基本語300と定型文法にマッチした浅い(1段階の)意味の繋がりしか持たない文章しか作らない人間を養成することに違いない(という設定が形成される)。

その世界が沈黙世界だ。

当然の結末を迎えるが、実にグーグルだった。

残りはそのうち。

折りたたみ北京 現代中国SFアンソロジー (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)(ケン リュウ)


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