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日々の破片

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2019-10-06

_ エウゲニ・オネーギン

新国立劇場でエウゲニ・オネーギン。とてつもなく素晴らしい舞台だった。

圧倒的に音楽がすごい(曲は相当に退屈なのだが)。

たとえば3幕1場のペテルスブルグの舞踏会ではもっぱら大きな曲を歌うのは(ここでしか登場しない)公爵で、しかもこの曲が退屈極まりないわけだが、まったく退屈するどころの話ではない。

歌手のアレクセイ・ティホミーロフが圧倒的なのだ。最初から最後まで1音の残さず聞き落したらもったいないので耳が休まる閑すらない。びっくりだ。

そんな端役ですらそうなんだから、オネーギンのワシリー・ラデュークも、タチヤーナのエフゲニア・ムラーヴェワもすごいのなんのって唖然とした。とはいえ、さすがに手紙は長すぎて途中で意識を失いかけたが、窓がバン!と音を立てて開き風が吹き込む強烈な演出で完全に目が覚めた。演出もとてつもなくすごいものだった。

(それにしても曲の退屈さはとんでもないのだが、要はプーシキンの詩の持つ韻と言葉の美しさがさっぱりわからないこちらが悪いのだろうとは想像がつく。チャイコフスキーの腕は確かで各幕、各場の前には相当長い管弦楽部があるのだが、いずれも美しい。管から管へ、管から弦へ、弦から弦へと音色と音域を変えながら下降し、高い天上で管が鳴る、悲愴などで見かける管弦楽スタイルは冴えまくっているし、弦の小刻みな動きの上で管が踊る美しさもそうだ。

指揮のアンドリー・ユルケヴィチと東京フィルハーモニー交響楽団も見事なものだ。

舞台美術で目を引いたのは2幕1場のラーリン家の舞踏会場面の左側にドーンと置いてある謎の巨大な円筒形の物体(鉄人28号みたいな感じ)で、上と下に口があるので、おそらくストーブだと思うのだが、なんなんだ? 金属製ではないようだけど、仮にストーブだとしたら、むき出しのダルマストーブみたいなものだから危険極まりなさそうだし……

(と不思議だったのだが、バックステージツアーに参加していたら、舞台監督が、これがペチカで、歌では知っていたけど実物(張りぼてだけど)は初めてで、演出家の強い要請で置くことになったと説明してくれたので、おー、これが雪の降る夜の楽しいやつか、と感慨深い。それにしても触っても熱くないということだが、どういう仕組みの暖房機なんだろう? 薪を焚くのは間違いないと思うのだが)

舞台監督のお話で他におもしろかったのは、気づかなかったがラーリン家の舞踏会の食卓の中央にあるのはピローグというピロシキの親分のような存在らしい(周りにはピロシキをちりばめてあるということだが、こちらもまったく気づかなかった。それでも左に置いてあるサモワールは知っているだけにわかったけど)。

で、ピローグも演出家が、ピローグ抜きに田舎の舞踏会なんてあり得ないということで、用意したらしい。休憩になるとロシアの歌手がピローグピローグと大喜びで食べまくるので、なるほど、ピローグとはロシアのソウルフードなのですなと得心したとか語っていておもしろかった。

(というようなピローグが置いてある舞踏会だから、オネーギンはド田舎者たちのくだらない集会みたいな態度でいるのだろう。3幕の極度に機械的なペテルスブルグの舞踏会との対比がうまい演出だ)

演出は、とにかく演劇的で、どう見ても演劇の身振り、演劇の空間なのだが、これがめっぽう良い。たとえば1幕3場でベンチに二人で腰かけると、タチアーナが徐々にオネーギンのほうへ進み肩へ頭をもたせかける構図が、3幕2場で今度はオネーギンがタチアーナの肩へ頭をもたせかける対称であるとか、タチアーナが乳母へ手紙を渡すところで、両脇の窓でおそらく母親と妹が覗いているであるとか、3幕1場での群衆の踊りであるとかだ。

それにしても、何をもって、演劇的とおれは認識しているのだろう? と不思議に思ったわけだが、これも舞台監督による説明で、ああ、そういうことなのか、と一応は腑に落ちた。

なんか不思議な先端がイオニア式の柱が4本が常に立っているのだが、これがスタニスラフスキーの私的劇場のファサードの象徴になっているらしい(しかも、それはロシア人なら常識的に、おおスタニスラフスキーとわかる仕組みらしい。紅いテントを観ると唐十郎、黒いやつだと佐藤信、みたいなものなのかな?)。当然、演出家もそれを非常に意識していたとか。

そりゃ、おれ自身は演劇人ではないが、スタニスラフスキーシステムのポスト、アンチを含む影響下にある演劇はそれなりに観ているわけだから、演劇と認識するわけだ。

それにしてもすごかった。圧倒的だ。


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