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日々の破片

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2023-09-09

_ 橋からの眺め

アーサー・ミラーは名前は知っているし、セールスマンの死という代表作は知っているが、読んだことも観たこともなかったので、橋からの眺めを池袋の芸術劇場へ観に行く。

すごくいやな話で気分が悪くなるくらいに、衝撃的な劇だった。

物語は1930年代か1910年代あたりかなと思ったが(イタリアからの移民を受け入れるそれなりに好況下のアメリカ合衆国)1950年代かも知れない。実際のところ、どうでも良いのだった。

港湾労働者として妻と姪を養っている男の下に妻の親戚の兄弟が不法移民としてやって来る。

町のというよりも、イタリア系移民の鉄の掟として移民局への告発はあり得ないというのが前提にある。とりあえず、アメリカ国籍を持つ女性と結婚さえすれば不法移民から正式なアメリカ国民になれるというのも背景にある。

狂言回しに男の面倒事を引き受ける町の弁護士が出てきて、背景や状況を適宜説明する。

兄弟のうち弟は顔は良いが肉体派ではない。そこが男には気に食わない(港湾労働者の世界の前提として、ちょうどハマータウンの野郎どものような感じだが、野郎ではない男は漢として認めないような風潮があるものらしい)。

ところが、姪(19歳らしい)は、おそらくそこが新鮮で弟と付き合い始める。

男にはそれが気に食わない。言葉にはできない気に食わなさが爆発しまくる。その気に食わなさの理屈づけとして、市民権を得るために姪を利用している、あるいは、やつはホモ野郎だ(漢ではない)というようなことを執拗に妻や弁護士や姪に言う。

弁護士と妻は、それは男が姪に対して肉欲を感じているからだろうと察する。それが事実かどうかは実はどうでも良い。

とにかく男は、弟が気に食わないので、ついに兄弟を移民局へ売る。

売られた喧嘩は買うのがシシリア出身の男だ。というわけで兄は男を殺す。

メタ的には出口なし状況の世界だ。

誰も(客観的に事態を見守っているはずの弁護士ですら)打開策を持たない。兄弟は不法移民である以上、働いて金を稼ぐ以外に何もできない。妻は夫のことを少なくとも嫌ってはいないから、あまり強くは言えない(し、ノラのように家を出る気概はない)。男は自分が何に怒っているのかまったくわからない。強いて言えば打開策を持つのは姪で、弟と家出して婚姻届けを出せばどうにかなる可能性はある(未成年者ならそれは無理だが、アメリカ合衆国の19歳がどうかは知らないが、少なくとも妻と二人で就職については男を納得させているので稼ぎはゼロではなくなるはず)。可能性はあるが、男に対しての恩義と、それまでの意思決定能力の簒奪(男が考える教育と女性の育て方で、まあ、そうだろうなとは首肯できる)でそういった決断は不可能。弁護士は、自己分析と客観視ができる能力がないとわかっているので男を説得できないし、無理だと投げている。

唯一、打開のためのまともな判断(とはいえしょせんは伝統に則った行動でしかないわけであるが)をするのが兄だった、ということになるのだから悲劇でしかない。

アーサー・ミラーⅢ みんな我が子/橋からのながめ (ハヤカワ演劇文庫)(アーサー ミラー)

一方で、これはハッピーエンドだなと考えているおれもいる。

女性は家長(ここでは当然、男)の考えにしたがって人生を決するべしというどうしようもない考えの持ち主の男と、伝統に則って血の復讐をする兄の二人はいやおうなく退場し、残るは職業女性として自立の道を歩み始める姪と、誰もが「男らしい」とは見ないふにゃふにゃした弟の新生活が始まる、という新しい時代の幕開けでもあるからだ。


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